経営者から見る「働き方改革」の本音、「今ここ」しか見なくなった日本人に本当に必要な改革とは

政府主導で始まった「働き方改革」。有休取得の義務化に対する従業員の意見など、「雇われる側」の話を聞くことは多いが、「雇う側」の本音を聞ける機会は意外と少ないのではないだろうか。今回は大手グループの代表を務める某氏に、敢えて匿名で「働き方改革」に対する本音を聞いた。

「一億総活躍」からそれは始まった

2019年4月から施行された「働き方改革法案」ですが、その捉え方は様々です。もちろん、私も雇用を預かる身として、従業員の心身における健康は第一だと思っていますし、法制度は曇り無く守るべきものだと考えています。ただ、この働き方改革と呼ばれる施策は、かなり外形的ルールの話に寄っています。それほど強制力を働かせないと最早立ちいかなくなっていることのあらわれなのでしょうが、今回の話の起点に立ち返ると、この「働き方改革」という文脈は、安倍内閣の「一億総活躍」というメッセージから始まっています。

しかし…よくよく見てみるとこの言葉は、かなり鋭い意味を秘めています。2018年の統計によると日本の人口は1億2622万人ですが、「1億」という数を就労における活躍の数と定義するならば、この「働き方改革」は「国民全て、老若男女全員が働くべきである。だから企業は外形的に働きやすい会社にならなくてはいけないのである!」なんて話になるわけです。…中々に鋭さを持った話ですね。

「人手」は本当に必要なのか

しかし、少し俯瞰して考えてみると、今の時代における世界の時価総額ランキングの上位は全てプラットフォームビジネスです。今や物質的なものよりも、商品サービスの付加的価値を求められる時代ですので、企業にとっては「モノ」以上に、価値を生み出していく「人」という財産が必要です。要は世界と戦っていくためには、ただの「人手」ではなく「人財」が必要とされるわけですから、本来であれば外形的な働き方を改革して人手を確保する以上に、本質的に「働く」ということに向き合い、就業観そのものにリーチをし、「活躍する人財」が開発されることが必要になります。

今回の働き方改革の基本概要は、時間や待遇という外形的要素の強制的施行がほとんどですが、それだけではきっと何も変わりません。余暇時間の増加で経済が活性化するという見方もありますが、国策なのであれば尚更、より中長期の視座で取り組むべきではないでしょうか。例えば、東証が積極的に開催している財務リテラシーを上げるワークショップをより広範囲に展開することや、孔子型と呼ばれる一方通行の教育ではなく、反論を敢えて展開するようなソクラテス型のディスカッションスキルを鍛える若年層教育などはすぐにでも取り組むべき事案です。また、資本市場側面では既に欧州ではアンダーパフォームとなりつつあるESGの先を行くインデックスの開発なども、国を挙げて取り組むべき事項でしょう。本当の意味で我が国の未来と経済を憂うならば、「働く」の改革のアプローチを、より長期的な視座で行うべきなのです。

近視眼から脱却すべき時

私は、この働き方改革が近視眼的になればなるほどに、日本人全体の視野が狭くなっていくことを憂慮しています。個人の資産形成比率が欧米と比して日本は圧倒的に低いことからも解るように、とにかく「今、ここ」しか見ていない方々がどんどん増えてしまっている気がするのです。私たちに今必要なことは、有給休暇を5日取得すること以上に、「働く自分」に期待する、その精神性なのではないでしょうか。その精神性無き中、外形的な働き方改革を進めたとしても、最悪の場合にはただ単に国の生産性を落とすだけになりかねません。なぜなら、大人が一生懸命な姿だけが、今を生きる子どもたちが描く未来の青写真になるのです。

「働き方改革」よりも「『働く意味』の改革」、経営者としてはそんな未来への期待創造を推し進めたいと考えています。オトナの皆さん、わくわくすること、忘れていませんか?少しいつもと違う角度から自分の会社を見てみましょう。意外と今働いている「ここ」にわくわくの原石はたくさん転がってますよ!

ベーシスト社長
20代はHR系コンサルタント、その後は経営企画責任者を経て、30代終盤から某企業で代表として経営を担う。その一方、元はインディーズバンドのベーシスト。